月下星群 
“それが一番大事”A
  



          




 さてとて。人の行き来が大っぴらに盛んな航路では、情報の方だって新鮮なのがたっぷり ふんだんに行き来しており。穏やか呑気な土地なればこそなのか、ルフィたちが目指していた次の島というのも、その前後に立ち寄ることとなる双方の島から“補給に向いてる豊かで良い島だ”との評判が高くって。
「しかもっ。臨検も厳しくないっvv
 いくら海軍関係者ではない一般の素人衆であったとて、港の係官の方々へも、それなり、海賊だの凶悪事件の容疑者だのといった面々への手配情報は届いてもいようけれど。そんなにも残虐な評判は聞かないような手合いへは、いっそ楽しく過ごしていただいて、次の縁をも結んどいた方が得策だったりもするからと。こちらの“ジョリー・ロジャー”を間違いなく確認しておきながら、けどでも“すわ海軍へ通報だっ”と色めき立つこともないまま、港の一角への船の繋留を許可してまで下さって。
「こういう港町だからこそ、海軍の手配情報よりも、商人がもたらす情報の方が信用されてもいるのでしょうね。」
 何せこちらの方々は、グランドラインのあちこちで、悪党退治や人助けばかりに奔走している、毛色の違った海賊団だったりするからね。その名の広まりと同時、そんな評判まで洩れなく付いて来るとあっては、
「ここはまだ鄙びた空気の強い土地だけれど。もっと歓楽的なところの進んだ島だったりしたなら、あの噂のご一行だと、歓待されこそすれ疎
うとまれはしないかも。」
 船端から眼下となる桟橋の方を見下ろして。あれって海賊だぜとの見世物扱い、それとなく見物に来る島の人たちをこちらからも眺めつつ、くすすと笑ったロビンさんだが、
「あら、でも。それに気を良くしてちゃあ いけないんでしょ?」
 こちらさんとて、必要に迫られて…とはいえ、幼い頃から裏世界やら修羅場やらを数多く渡り歩いておりましたから。用心深さでは引けを取らないナミさん。ロビンの言いようを額面通りに受け取らないで。こちらさんもまた、どこか意味深に笑って見せれば、
「そうね。」
 さもありなんと笑い返したお姉様。先程よりも深みのある笑顔は“よく出来ました”ということか。
「油断させといて取っ捕まえようという罠かもしれないし、逆に…何かへ利用したくての接近かもしれない。」
 あの有名な海賊に逢ったぞお世話したぞなんていう、宣伝くらいの可愛いものならともかく。力づくで奪われたんです攫われたんですと大嘘ついて、何かしら“盗んで来て”“攫って来て”なんて頼まれたりした日にゃあ、
「ウチのあいつらだったら、あっさり信じて、言うこと聞いてあげかねないものね。」
 似たような前歴も実は既にあったりし。誤解を解いて、どこの誰がそもそもの悪党なのかを明らかにするまで、その土地から離れられないという面倒ごとへと発展するから困ったもんで。
「ま、そもそもあたしたちは“海賊”なんだから? 多少の誤解や悪名くらい、放っておいて逃げちゃってもいんだけどもね。」
 されど。それに味をしめて、似たような悪さを延々と続けられて、悪い子を攫いに来る悪鬼の伝説なんぞにされてはたまらないから。そこはやっぱり、それなりのお灸を据えてから離れたくってのお節介を、
“結局は焼いちゃう人たちなのよね。”
 ホント、海賊らしくない人たちだったらと。何とも微笑ましげに目許や頬を緩めたロビンさんだったりし。次の島はよっぽど近いか、それとも大きいのか。ログは半日で溜まるそうだから。
「騒ぎを起こさないままに、戻って来てくれることを祈りましょう」
 肩をすくめてのお留守番二人。今回は極端に短い滞在だし、いかにも牧歌的な土地なので、ファッショナブルなものや逆に学術的な情報とやら、目新しいところの収集は見込めないかと見切った上で。麗しい女性たちが看板代わりに顔を出してる海賊船は、その日1日の港の名所扱いになってたそうな。
(こらこら) そして、

  「お。戻って来たかな?」

 おひねりならぬ、差し入れにと。此処のご当地野菜のフレッシュジュースや果物を盛り付けたスィーツなどなどをご見物の方々からいただいて、すっかり寛いでいた女性陣が。やはり船端からひらひらと手を振れば、町の方から戻って来た、買い出し部隊の第一陣。食材飲料・薬品担当だったサンジとチョッパーが、それぞれに大荷物を抱えたり提げたりして戻って来がてら、
「お留守番は寂しくなかったかぁ〜い? ナミすわぁん、ロビンちゅあんvv
 金髪痩躯のシェフによる“たっだいま〜〜〜っvv”の熱烈アピール。なのに異様に寒かったせいだろう、野次馬たちがすごすごと去ってったほど。
(苦笑) さすがは評判の補給港で、しかも時期が時期なだけに“収穫祭”も催されていたそうで、
「こっちは屋台で出てた取れたての食材ばかりでね。」
 甲板まで上がって早々、どんな段取りでのお買い物になったかを話してくれて。定番もののじゃがいもやカボチャ、ニンジンにカブなどなどは、出港前に間に合わせて、あとから荷車で配達してくれるそうですよと、可愛らしいフルーツや生きの良い青物に、魚やエビ、ソーセージやチョコレートなどなど、交渉上手に値切れた戦果を自慢げに広げてるシェフ殿だったが、

  「………どうかしたの? トナカイさん。」

 それに引き換え、何だか口数が少ない船医さんだなと、ロビンが気づいて声を掛けている。荷物を運ぶのに勝手がよかったトナカイスタイルから、小さな獣人スタイルへと戻ったものの、その小さな肩の向こう、ちょっぴりうつむき気味のお顔をのぞき込めば。
「…あのな? 俺らには“海賊だから”って言って何にも売ってくれなかった店があったんだ。」
「あら…。」
 よほどに傷ついたのか、それでしょげているらしく。
「チョッパー。」
 今でこそ、自分たちは馴染んでしまった愛らしい姿でもって、よくはしゃぎ、よく笑う彼だが…そういえば。その昔は、仲間のトナカイたちからは群れから追い出され、悪魔の実のせいで姿が似た筈な人間たちからさえも、石もて追われる身であったから。人から拒まれる痛さは、昔の古傷を呼び起こしもするのかも。
「だって、俺たち何にもしてないんだぜ? だってのにさ…っ。」
「他の店は知らねぇが、ウチには海賊なんて下衆には売るもんなんざ置いてねぇ。とっとと帰れって怒鳴られましてね。」
 吐き出すような言い方になったチョッパーが、自分の口から辛かった文言を言う前に、サンジが後を紡いでやって、
「何でも、町でも有名な偏屈な親父さんらしくって。」
 そうと付け足してから、だが、サンジはくすっと口の端を持ち上げて、
「あのくらい気骨のある爺さんもいた方が、活気があって良いじゃねぇかって。道々、一応宥めたんですがね。」
 堅気のお人のあそこまでくっきりした正義の気概、今時には希少だぞ〜〜〜なんて言ってやったが。それでも…やっぱり。海賊だってだけで一括されての、謂れのない誹謗中傷の最たるものには違いなく。ましてや、チョッパーはまだまだ世慣れておらず、ピュアなところが多かりしな、純朴でナイーブなお年頃でもあったから。いかにも善人そうな匂いのする真っ当な人から、海賊だってだけで罵られ、穢らわしいと言わんばかりに嫌われたのが。唐突だったこともあって、ずんと堪えてしまったのだろう。そこのところも察した上で、
「気にしなさんな。つか、少しずつ慣れろ。」
 ちょいとシニカルに、口元を真横に引いての笑い方をして見せるサンジであり。
「俺たちゃお尋ね者で、海軍に追われてる無法者には違いないんだ。嫌われても、それでこそ本望って思わにゃな。」
 第一、度が過ぎるほど仲よくしてたら、その人までもが“仲間なのか?”って疑われっちまうしよ。
「行いのいい人たちに、余計な迷惑かけたくはないだろう?」
「…うん。」
 だから“悪役に甘んじろ”と言いたいらしいサンジは、だけれど。図に乗って悪びれろって言ってるにしては、そりゃあ温かくって優しい目許をしていて。
「そうと思や、つれなくされても耐えられるんじゃねぇの?」
「そうよ? サンジくんの言う通り。」
 間際に寄って、片膝ついて。わざわざ視線の高さを合わせてくれて。ナミが…やっぱり優しい声で言い諭す。

  「判ってて欲しい人たちには ちゃんと判ってもらえてるんだから。」

 故郷のドラムから大変な航海へ出る彼を盛大に送り出してくれた皆さんや、アラバスタの人々、スカイピアの人々、W7の皆さんたち。それからそれから、こまごまとした冒険で立ち寄った他の島の人たちにも、それほど誤解はされないままに、気のいい海賊だってこと、ちゃんと判ってもらえているから。また逢おうねって笑顔で送り出してもらえたんだから。
「どうでも良い人だとまでは言わねぇが。そう、10人逢う中に一人とかって割合で、判らんちんがいるってことも、まあ あるもんだぁね。」
 だから気にしなさんなと言いたかったサンジだったらしいのだが、

  「10人に一人って、そんなにも確率高いのか〜〜〜っ?」
  「あ、や、えと、いやそのっ。ひゃ、百人に一人かな?」
  「この島だったら何人だろ。」
  「そうね、規模から言って、
   港町だけでも千人はいるかも知れないから…10人、かしら。」
  「うわ〜〜〜っ、そんなにいるのか〜〜〜っ!」
  「ロ〜ビ〜ン〜〜〜っっ!」

 ちったぁ落ち着け、四人とも。(あ、ロビンさんは落ち着いてるか?)
「で? 何を売ってもらえなかったの?」
 てゆっか、手配書に顔写真まで載って出回ってるルフィやゾロならともかくも。あんたたちを見て“海賊”ってすぐさま判っただなんて、一体どんなお店へ立ち寄ったのよと。航海士さんが改めて聞けば、
「酒ですよ、酒。カウンターがあって“立ち飲み屋”を兼ねてるような店だったんで、港の荷役や係官なんていう、外から入港して来た人間と接する客層も多いでしょうし。何より、海賊自体からして立ち寄り易いってんで、飲食店とか酒屋には手配書も真っ先に配られますからね。」
 さすがは海上レストランに長く居ただけのことはあり、そういうことの連動には詳しかったサンジさんで。
「それでなくとも、俺らが寄港してるってのはそれとなく町中に知れ渡ってたみたいでしたしvv
 いやもう、女の子たちからの熱い視線が眩しかったったらvvと、早くも脱線しだしたシェフ殿の言いようはともかくとして。
(苦笑)
「じゃあ、狙撃手さんも剣士さんも、勿論の船長さんも。既に“海賊の”って肩書つきで把握されてるようなものなのね。」
 ここで初めて、大丈夫なのかしらという声を出すロビンお姉様へは、
「他の店じゃあ、ああいうあしらいはないと思うんですけどね。」
 サンジさんがあらぬ世界からとっとと戻って来てくださってのお返事をする。
「それに、買えなかったのは酒だけですし〜♪」
 調理用のはワインもラム酒もきっちり確保出来てますし、次の島までは1週間ほどと聞いてますから。

  「一番困る奴には、そう、この際“酒断ち”でもしてもらいましょうや。」

 うわぁ〜、よほどに何かあったのかしら。そういう、口に入れるものを“お預け”させてってカッコでの報復は、浅ましいから嫌いな人だったのに。男が相手でもそこだけは、紳士な一面 貫き通していたのにねぇ…と。誰へのお仕置きか、重々 通じている上で、女性陣がこそこそ囁き合っているのを、感度のいいお耳で聴きながら、

  “そういや、お菓子屋さんの屋台前で…。”

 特にお仕事も与えられていなかったルフィが散歩してたのと、たまたまの偶然逢えたのに。開口一番“ゾロを見なかったか?”なんて訊かれてたサンジだったしな。あれからちょっと“怒ってます汗”の匂いが強くなったサンジだしな…なんて。気がつきはしたチョッパーだけれど、
“………これは黙っておこう。”
 そうと思った辺り、少しはこの船での暗黙の了解ってものの幾つかを、身につけ始めた彼でもあるらしいです。
(おいおい)






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